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農業再生のキーワードは”専業農家”を如何に増やすことができるか!…にあるのだ。

8月 20th, 2010

農業活性化の取り組みが、至るところで、さまざまな方法で、実施されている。それらの努力は評価するものの、根本的な問題解決に至っていない気がしてならない。それは単位農地辺りの生産性の評価と、その生産性により農家は自立(自活)できるのか、という問いである。

農業だけで自活できる=専業農家を、如何にして作り、その専業農家をどのように増やすのか、最終的なゴールを“専業農家”においた上で、そのゴールに近づくために今何ができるか、何をすべきか、を議論し、施策を決定しているなら良いのだが、どうもそのような政策があるとは考えにくい。

もともと米の兼業農家の長男である私は、小さい頃から兼業農家の実態を目の当たりにしてきた。少し道が違えば、今、私自身が兼業農家として農業をしていたハズである。なぜ私自身がその道へ進まなかったのか・・・いろいろな理由や偶然があるにしろ、1つには給料(所得)の問題、もう1つには自己実現や自己満足といった問題であろう。

農業から得られる給料は恐ろしく安い。一般の大卒新人サラリーマンであれば初任給20万円としても年収は約300万円程度にはなる。米の農家で300万円の年収を得ようと思うと、相当に広い田圃が必要で、多くの農家は十分なだけの広い田圃を所有していない。但し、この問題は、やみくもに広い田圃を確保すれば良いという問題ではなく(広ければ広いなりの機械設備投資や人件費が発生するので)、行き着く先は農作物という一次生産物では単位面積辺りの生産性が低く、サラリーマンを含む他の業種の給料(生産性)に追いつかないということにある。しかも農業は天候に左右され、不作/凶作のリスクが付きまとう。結果、私を含め多くの人が、低リスクで毎月給料が貰える道を選ぶのである。

また、兼業状態で農業を続けるということは、他の収入があり一見、安定して農業ができるように見えるが、その実、”少しでも美味しい作物を作ろう”、”消費者に喜ばれる作物を作ろう”、”安全で安心される作物を作ろう”と努力するだろうか。他の収入の割合が高くなればなるほど、兼業で行なっている農業に対する熱意は冷め、農協の言われるまま育成して、供出して・・・といった少しでも楽な道を選びルーチン的な作業に陥ってしまうのではないだろうか。結果、本来持つべき農家としての”誇り”や”達成感/満足感”は得られることがなく、ただ人生を消費しているように感じてしまったり(少なくとも私は毎年農作業を手伝いながら、そのように感じたことが多々ある)、他の娯楽に走ったりすることになる。

では、農業を活性化する方法はないのか・・・いや、ある。農地を活用した生産性を上げる方法はあるのである。しかし、現在の法律がそれをさせない。農地法をはじめ様々な法律が、農地では農作物しか生産させないので、どうあがいても単位面積辺りの生産性を上げることができないのである。大企業のジレンマ同様、先進国(完成された縦割り行政)のジレンマとして、この壁を破れない実情がある。きっと他の新興国が、農地を活用した高い生産性の方法を行ない、何十年も遅れを取って日本はその事実に気づくのだろう。

ただ、私の回りにはこのような状況下でも頑張って専業農家をやっている人がいる。皆、お金に苦労しながらいっぱいいっぱいの生活でも、信念と誇りを持って農業に取り組んでいる。非常に頼もしく、羨ましく思う。

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